あのこはほんのわずかに成長したようだ
きもちを想像することが、ようやく少しだけ、できるようになったのだ
与えてもらっていたものに
つつまれていたものに やっと気づく
ありがとう、ありがとう
koto
2008/09/26
2008/09/24
境界
"自然を目の当たりにすると、自分の内と外の境界がとてもあいまいになる感じがあります" 「水辺にて」梨木香歩インタビューより
その「感じ」、何度も体験したことがあります。
凍えるほどに寒い夜明け、森の中にじっと座っているとき。
重たい道具を担いで、落ち葉の斜面をざくざく登っているとき。
びっくりするくらい冷たい小川に、手を浸してギリギリまで我慢しているとき。
夕暮れのあと、見上げた濃い青い空にくっきりと黒い枝のシルエットが美しいとき。
限りなく外に近づいていることに気がついて初めて、境界があいまいになっていることを知る。
境界をいつか越えたいと願うから、人はきっと山に行く。何度でも、繰り返し。
koto
2008/09/18
丁寧なことば選び 素直な表現
大好きな作家さんの一人に、梨木香歩さんという作家さんがいます。
梨木さんの文章はとても上品で丁寧。すごく素敵な、憧れの文章。
伝えたいことをごまかさずじっくりと考え抜いたあとで、まっすぐに伝わるように、ことばをじっくり選んでいる風に感じられます。
さらに、梨木さんの最近の作品のテーマは、生命や自然との関わり、人の内側と外側、などなど わたしがいつも考えていることだったり、気になっていること、興味のあることばかり。
そういった内容について述べている梨木さんの文章を読むと、あぁ、こういう風に表現すればよいのかと学ぶことができるうえに、ぼんやりと考えていたことに明確な道筋を与えられたような、喜びと嬉しさで胸がいっぱいになります。
たとえば、
"人はなにかを声高に語った端から、それと同じ絶対値で影の部分を発生させてしまう"
「水辺にて」梨木香歩インタビューより
これはずっと気になっていたことです。
上の文章でもそう。なにかを書くと、書いた内容と同じくらいの大きさの、なにか負の印象・・ 傲慢さ、偽善のようなものが、感じられる気がしてなりませんでした。
(というか、ぼんやりと感じていたものがそれだったということに気づくことができた、と書いた方が正しいです)
(わたしの性格上、負のものに向き合わず、反射的に目をそらして逃げてしまうところがあるので、表現の際にそういったものを感じやすい質なのかもしれません)
わたしの研究の先生も、独特でユニークな、魅力的な文章を書きます。
どうやったら文筆が上手になるかを先生に尋ねたところ、「好きな作家さんの真似をする」のも有効な手段の一つであるとのこと。
よし、それでは、梨木さんの文章の真似をしてみよう、と思い立ちました。
真似と言っても、ただただ梨木さんとおなじ表現や語尾をつかうだけではきっとだめで、「じっくり考えて、よく選ぶ」といった、実際に文字を連ねる前の行為を真似ることこそが重要になってくるはず。
せっかちなわたしにはなかなか難しい行為ですが、最初は少し無理をして、徐々に慣れていけたらと思います。
上に引用した梨木さんのインタビューを読んで、思うところがいろいろとありました。
気になる内容についてよく咀嚼して吟味して、少しずつ書いていけたらと思っています。
2008/09/13
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